民法110条の,権限外の行為の表見代理ってどんなものなの?
表見代理っていくつか種類があるけど,何がどう違うのか,特徴も教えてください。
本記事では,民法110条の,権限外の行為の表見代理について解説しています。
本記事を読むことで,以下を達成できるように執筆しています。
- 権限外の行為の表見代理の概念が理解できる
- 民法109条・112条の表見代理との違いがわかる
- 権限外の行為の表見代理の成立要件を整理できる
の信頼性
本記事は,4ヶ月の独学で試験に一発合格した当ブログの管理人の伊藤かずまが記載しています。
現在は,現役行政書士として法律に携わる仕事をしています。
参考:独学・働きながら・4ヶ月・一発(202点)で行政書士試験に合格した勉強法
参考:筆者を4ヶ月で合格に導いた超厳選の良書たち
読者さんへの前置き
※赤文字は,試験対策として絶対に知っておくべき単語・用語・概念・考え方,その他重要ポイントです
※太文字は,解説中で大切なポイントです
※本記事は,2020年4月1日施行の民法改正に対応しています
結論:権限外の行為の表見代理は,”ボール球”
※本条の理解には,表見代理の概念・制度自体の正確な理解が必須となります。 不安な方は,こちらの記事を先に読んでから,本記事に戻ってきてください。
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】
民法110条の表見代理は,何かしらの基本代理権は存在するものの,その基本代理権の範囲外で代理行為を行い,相手方が,代理権が存在すると信じたことに正当な理由がある場合に認められるものです。
民法110条の表見代理をイメージは,ストライクゾーンである基本代理権から外れたボール球を投げたが,相手方がストライクと信じて捕球したような感じ。
図にすると下図のようなイメージです。
民法110条の,権限外の行為の表見代理の成立要件は以下のとおりです。
【民法110条の成立要件】
- ①:基本代理権が存在する
- ②:代理人の基本代理権の権限外行為
- ③:相手方が,権限が存在することを信じたことに,正当な理由がある(善意無過失)
ただ単に,基本代理権の範囲外のことを代理行為としてした(要件①②のみ満たす)のなら,単純な無権代理行為となり,民法113条が処理します。
そのため,基本代理権の範囲外の代理行為に加え,「相手方が,代理権が存在すると信じて,信じたことに正当な理由が存在する」という要件③を満たすことが必要となります。
この要件が無ければ,代理権の範囲外のことをした場合には,常に本人が責任を負うことになり,代理制度を利用することのリスクがかなり大きくなってしまうためです。
また,判例により,『代理人の権限があると信ずべき正当な理由がある』とは,善意無過失を意味するとされています。
解説:権限外の行為の表見代理は,基本代理権が存在する世界の話
表見代理3パターンにおける110条の位置づけ
民法では,表見代理として以下の3パターンが規定されています。
それぞれのパターンの概要を,イメージ図を用いて表見代理の全体像を眺めておきましょう。
109条:代理権を与えてないのに与えたような表示をしたせいで発生した表見代理
110条:与えた代理権の範囲外で代理行為をしたせいで発生した表見代理
112条:与えた代理権が消滅した後に代理行為をしたせいで発生した表見代理
上記は,それぞれ,以下のような通称が用いられていますので,一応知っておきましょう。
- 109条:代理権授与表示による表見代理
- 110条:権限外行為による表見代理
- 112条:代理権消滅後の表見代理
表見代理の3パターンにおいて,109条と,110・112条の間に大きな壁があります。
それは,一度でも何らかの有効な代理権が成立したか否かです。 (この“何らかの有効な代理権”のことは“基本代理権”と呼ばれています)
109条は,“本当は代理権を与えていないのに”,代理行為が行われたことによる表見代理なので,一度も基本代理権が成立していない世界の話をしています。
一方の110条と112条は,基本代理権が与えられたうえで,その範囲外で代理行為をした(110条)や,その基本代理権が消滅した後に代理行為をした(112条)という状況における表見代理です。
したがって,110条と112条は,一度基本代理権が成立した世界の話をしています。
適用される条文が全然違ってきますので,表見代理の3パターンを憶える際は,基本代理権が一度でも成立したのかしていないのかという観点を持って理解しておきましょう。
そして,本記事は,基本代理権が一度成立している世界の話をしている110条の解説です。
110条の条文から導く,権限外行為の表見代理
当ブログ“条文の個性”の名物(?)の,条文を大胆に書き換えてしまう方法で,110条の条文を読み込んでみましょう。
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】
ポイントは,『前条第1項本文の規定』と『準用する』の処理ですね。
『前条第1項本文の規定』
前条である109条1項の本文から,『前条第1項本文の規定』に該当する部分を抜き出してみましょう。
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。
民法109条1項本文(『前条第1項本文の規定』該当部分) 【代理権授与の表示による表見代理等】
民法109条1項本文は,スーパーかみ砕いて言うと,“代理権授与表示が原因で,無権代理が発生したら,表見代理として,本人が責任を負う”ということを定めています。
『準用する』
準用とは,ある事象のために作られた法規を,それとは異なる別の事象に対し,若干の修正を加えつつあてはめることを言います。
110条は,109条1項本文を準用すると言っているので,「109条1項本文の規定を,修正を加えつつ,110条に適用してよい」ということになります。
『前条第1項本文の規定』を,修正を加えつつ,110条に適用
『前条第1項本文の規定』を,修正を加えつつ,110条に適用してみましょう。
【Step1 110条に『前条第1項本文の規定』を適用】
『前条第1項本文の規定』は,”代理権授与表示が原因の無権代理が発生したら,表見代理として,本人が責任を負う”のことですので,これを110条にあてはめます。
前条第1項本文の規定代理権授与表示が原因の無権代理が発生したら,表見代理として,本人が責任を負う規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。↓
代理権授与表示が原因の無権代理が発生したら,表見代理として,本人が責任を負う規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】Step1Ver
【Step2 『準用する』ために,必要な修正を加える】
代理権授与表示が原因の無権代理が発生したら,表見代理として,本人が責任を負う規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】Step1Ver
ただあてはめただけだと,何を言っているのかわかりにくいのですね。
そこで,『準用する』という操作自体が,(条文に対して)必要な修正を行うことを認めていますので,少し修正を加えてみましょう。
『代理権授与表示が原因の無権代理が発生したら』は“条件”を規定している部分なので,同じく“110条の適用条件”を規定する『代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき』と置き換えます。
つまり,以下のとおりに書き換えます。
すると,110条は以下のとおりになります。
代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、表見代理として,本人が責任を負う規定は、について準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】Step2Ver
最後の『について準用する』は,このままだと日本語としておかしいので,自然につながるように修正します。
代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、表見代理として,本人が責任を負う規定
は、について準用もを適用する。↓
代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、表見代理として,本人が責任を負う規定を適用する。
↓ 文末をもっと簡潔にブラッシュアップ
代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者(相手方)が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、相手方は表見代理を主張できる
として,本人が責任を負う規定を適用する。↓ 書き換え完了Verへ
代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者(相手方)が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、相手方は表見代理を主張できる。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】書き換え完了Ver
表見代理は,要件を満たした際に“必ず発動する制度ではなく,相手方が望むのなら主張できる制度”のため,『相手方は表見代理を主張できる』にしました。
書き換え完了Verを改めてじっくり読んでみてください。
①代理人が②その権限外の行為をした場合において、③第三者(相手方)が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、相手方は表見代理を主張できる。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】書き換え完了Ver
すなわち...
『①代理人が』『②権限外行為をして』『③第三者(相手方)が,権限が存在することを正当な理由のもと信じた』ら,相手方は表見代理を主張できるよ。
というのが,民法110条の権限外の行為の表見代理です。
なんてことの無い,すごく簡単な条文ですよね?
しっかりと条文を読み込むと,権限外の行為の表見代理はたった1行で書けるシンプルな概念だったのです。
イメージとしては,ストライクゾーンである基本代理権から外れたボール球を投げたが,相手方がストライクと信じて捕球したような感じです。
要件整理 110条は『代理人』と書かれていることに注意
ここまでで,民法110条の条文を書き換えることで,権限外の行為の表見代理が,以下のようなものであることを導きました。
『①代理人が』『②権限外行為をして』『③第三者(相手方)が,権限が存在することを正当な理由のもと信じた』ら,相手方は表見代理を主張できる。
これを基にして,改めて,権限外の行為の表見代理の成立要件を整理してみましょう。
【民法110条の成立要件】
- ①:基本代理権が存在する
- ②:代理人の基本代理権の権限外行為
- ③:相手方が,権限が存在することを信じたことに,正当な理由がある(善意無過失)
①:基本代理権が存在する
民法110条の本来の条文を見ると,『代理人が』と書かれています。
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】
対して,民法109条を見ると,『その他人が』と書かれています。
第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。
民法109条1項 【代理権授与の表示による表見代理等】
これは,民法109条の表見代理は,代理権授与表示をしたのみで,基本代理権が発生していないため,代理人はこの世に存在していないことから,『その他人』という主語が用いられています。
一方で,民法110条は『代理人が』と書かれていることから,代理人が存在する,すなわち,“何かしらの基本代理権が有効に成立した”ことを意味します。
したがって,民法110条に『代理人が』と書かれていることから,要件①として,何かしらの基本代理権が存在することが必要となります。
②:代理人の基本代理権の権限外行為
この要件は,民法110条の条文に書かれていることそのままなので,特に解説は大丈夫かと思います。
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】
③:相手方が,権限が存在することを信じたことに,正当な理由がある(善意無過失)
前述の要件①②を満たしたうえで,要件③「相手方が,権限が存在することを信じたことに,正当な理由がある」必要があります。
この「信じたことに正当な理由がある」は,判例(最判昭44.6.24)により,「代理人の行為が権限外の行為であることについて,相手方が善意無過失である」を意味するとされています。
まとめ
ここまでの話を最後にまとめておきましょう。
民法110条の権限外の行為の表見代理とは,以下のような概念・制度です。
①代理人が②その権限外の行為をした場合において、③第三者(相手方)が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるとき、相手方は表見代理を主張できる。
民法110条 【権限外の行為の表見代理】書き換え完了Ver
また,成立要件は以下のとおりです。
【民法110条の成立要件】
- ①:基本代理権が存在する
- ②:代理人の基本代理権の権限外行為
- ③:相手方が,権限が存在することを信じたことに,正当な理由がある(善意無過失)
(※ちなみに,民法110条の成立要件の要件①②だけ成立し,要件③が成立しない場合は,単純な無権代理であり,表見代理は当然成立せず,民法113条の守備範囲となります。)
最後に,権限外の行為の表見代理のイメージです。
ストライクゾーンである基本代理権から外れたボール球を投げたが,相手方がストライクと信じて捕球したような感じをイメージしてください。
解説はここまでです。 読んで頂きありがとうございました!
※前条の解説はこちらです。
※次条の解説はこちらです。
参考文献など
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