「相殺の要件」と「相殺適状」って同じものと思ってたけど違うの?
あと,なんで相殺は一方的な意思表示でOKなの? 相手側びっくりしない?
本記事は,相殺の要件・相殺適状の定義・相殺適状の3条件について,どこよりも超わかりやすく解説しています。
本記事を読むことで,以下を達成できるように執筆しています。
- 相殺の要件や相殺適状の基礎を根本から確認できる
- なぜ相殺が一方的な意思表示でOKなのか知ることができる
- 相殺に条件や期限を付することができない理由を知ることできる
記事の信頼性
本記事は,4ヶ月の独学で試験に一発合格した当ブログの管理人の伊藤かずまが記載しています。
現在は,現役行政書士として法律に携わる仕事をしています。
参考:独学・働きながら・4ヶ月・一発(202点)で行政書士試験に合格した勉強法
参考:筆者を4ヶ月で合格に導いた超厳選の良書たち
読者さんへの前置き
※赤文字は,試験対策として絶対に知っておくべき単語・用語・概念・考え方,その他重要ポイントです
※太文字は,解説中で大切なポイントです
※本記事は,2020年4月1日施行の民法改正に対応しています
※本ブログでは,記事内容を要約したものを先に【結論】としてまとめ,その後【解説】で詳細に説明をしていますので,読者さまの用途に合わせて柔軟にご利用ください!!
【結論】相殺=①相殺適状である+②(相殺の)意思表示
第506条【相殺の方法及び効力】
1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
【相殺の要件】
相殺の要件(相殺の効果発動条件)=①相殺適状である+②相殺の意思表示
【相殺適状の定義】
相殺に適した状況のことであり,民法505条1項本文に規定される3条件を満たした状態のこと。
【相殺適状の3条件】
- Ⅰ:当事者間に債権の対立があること
- Ⅱ:両債権が同種の目的を有する
- Ⅲ:両債権の弁済期が到来したこと
【相殺が一方的な意思表示でOKな理由】
- 相殺の相手方としては(相殺された側は意思表示すらしていないことから)史上最強のスーパーシンプル弁済が実行できているから,相殺される側にもメリットがあるため
- 相殺当事者の双方の弁済が同時に履行されることから,相殺によってお互いに債務不履行のようなトラブルを回避できるメリットが存在するため
【相殺に条件・期限を付することができない理由】
条件or期限成就によって相殺されるかもしれない債権が,有効に存続していると思って他人に譲渡したら,実は消滅してしまっていた…,ということが起こる危険があるため。
また,条件or期限成就によって相殺されるかもしれない債権は,実質的に債権の譲渡性を失ってしまうため。
【解説】相殺の要件と相殺適状の違いをしっかりおさえよう!
相殺を理解する前に知っておくべきこと
505条の解説記事で,相殺がどのような制度なのかと,相殺が持つ機能を学習したけど…肝心の相殺の要件はどのようなものなのかな?
今回の記事で,相殺の要件を解説します。
詳細な解説に入る前に,絶対に知っておいて欲しいことが1つあります。
知っておいてほしいことは「相殺の要件」と「相殺適状」は完全に別物ということです。
いきなり相殺の要件・相殺適状なんていう難しい用語を並べてしまいましたが,これを確認しましょう。
これらのざっくりとした関係性を掴んでおくことで,相殺の理解が一気に進みます。
まず,相殺の要件とは,相殺が効力を発動するための条件たちのことです。
次に,相殺適状とは,相殺に適した状況のことで,具体的には民法505条1項に定める条件を“満たした”状態のことです。
そして,相殺適状は,相殺の要件のうちのひとつです。
つまり…
相殺の要件=相殺適状+他の条件
ということだよ!
他の条件というのは?
他の条件としては,民法506条1項本文に定められている“(相殺の)意思表示”が必要となります。
第506条1項本文【相殺の方法及び効力】
1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。
以上をまとめると,相殺の要件(=相殺が効果発動する条件)は,次のとおりです。
【相殺の要件】
相殺の要件=相殺適状である+(相殺の)意思表示
別の書き方をすると…,
相殺が効果発動する条件
=民法505条1項の条件を満たしている状態+意思表示
となります。
なるほど…相殺適状というのは,相殺が効果発動するために必要な条件のひとつだったのか!
そのとおり! だから,相殺の要件と相殺適状は別物であると,知っておくことが大切だよ!
相殺は一方的意思表示 (506条1項前段)
ここまでで,相殺が法的効果を発動するためには,①相殺適状である+②意思表示の,①と②が揃う必要があることを確認しました。
ここから,②の(相殺の)意思表示について,少し補足します。(①の相殺適状の内容については,後半で解説します!)
民法は,相殺に適した状況(相殺適状)になったら,自動的に相殺によって債権を消滅させるのではなく,当事者の援用(意思表示)が必要というルールを採用しています。
第506条2項【相殺の方法及び効力】
2 前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生ずる。
民法が相殺適状完成による,当然に債権が消滅するルールを採用しなかった代表的な理由は以下のとおりです。
- 当然に債権が消滅構成を採用すると,当事者が知らないうちに相殺適状になっていたときに,自身が持っていると思っていた債権が消滅してしまっており,不測の事態を引き起こすおそれがあるため
- 相殺適状になったとしても,当事者が相殺を欲しないとき,法律が強制的に相殺効の果を発動してしまうことは望ましくないため
また,相殺の意思表示は,相手方の合意を得なくてよい単独行為(一方的意思表示)とされています。
つまり「相殺させて頂いてよいですか?」と確認やお伺いをする必要はありません。
理由は,505条の記事で解説していますが,相殺が①簡易決済機能・②公平保持機能を有している点から導かれます。
まず①簡易決済機能の観点からは,相殺の相手方としては(相殺された側は意思表示すらしていないことから)史上最強のスーパーシンプル弁済が実行できているから,相殺される側にもメリットがあります。
また,②公平保持機能の観点からは,相殺当事者の双方の弁済が同時に履行されることから,相殺によってお互いに債務不履行のようなトラブルを回避できるメリットが存在します。
以上から,一方的な意思表示によって相殺を認めても,相殺される側にデメリットが無いので,相殺は単独行為とされているのです。
なぜ相殺には条件や期限を付することができないのか
第506条1項【相殺の方法及び効力】
1 相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。
相殺の意思表示には,条件や期限を付することができません。
※条件と期限については,こちらの記事で詳しく解説していますので,是非併せてお読みください!
なんで相殺に条件や期限を付しちゃダメなの?
「条件が成就したら,相殺するね~」と言われた相手方からすると,その債権は条件が成就することによっていつ消滅するかわからないよね。
そうすると,”相殺するかも的意思表示”をされた相手方は,すごく不安定な状態になってしまうので,相殺に条件や期限を付けることは禁止されているんだ。
条件や期限はいつ成就するかわからないケースが非常に多いですし,成就したとしても,当事者がその成就した事実を知らない・気付けない状況もありえます。
そうすると,条件or期限成就によって相殺されるかもしれない債権が,有効に存続していると思って他人に譲渡したら,実は消滅してしまっていた…,ということが起こる危険があります。
また,条件or期限成就によって相殺されるかもしれない債権を譲渡しようとしても「貰ったとしても,いつ消滅するかわからない債権はいらないなぁ」と,譲受人は思うはずです。
そうなってしまうと,条件or期限成就によって相殺されるかもしれない債権は,実質的に債権の譲渡性を失ってしまい,相手方としては取扱いに非常に苦労することとなります。
このように,消滅してしまっているかもしれない,譲渡が困難になる,という相手方にとって非常に不安定な状況を創り出してしまうので,相殺の意思表示に条件や期限を付することはできないルールとなっています。
相殺の遡及効 (506条2項)
相殺の意思表示をした場合,債権の消滅効果は“相殺適状が生じた時点”まで遡ります。
これを相殺の遡及効といいます。
なぜ,相殺は時を遡ることを許されるのでしょうか?
そもそも,相殺の効果発生時点としては以下の2つが候補として考えらますが,現行民法は②の相殺適状時を採用しています。
【相殺の効果発生の時点の候補】
- ア:相殺の意思表示をした時点 (遡及効なし)
- イ:相殺適状になった時点 (遡及効あり)←現行民法
まず,現行民法が②を採用している有力な理由として,相殺適状時に債権が消滅したという当事者の期待との整合というものがあります。
しかし,民法506条1項によって,意思表示をすることをもって相殺の効果が発生することを考えると,相殺適状~相殺の意思表示時点までは債権が消滅しない可能性が存在するのであるから,通常の期待としては“相殺の意思表示がされた時点で初めて債権が消滅した”といえます。
よって,遡及効を認める有力理由は批判も強いです。
一方で,遡及効を認めないと,法的知識の乏しい借金者等が適時に相殺の意思表示をしなかったがために,必要以上に多くの遅延損害金を支払わなければいけないという事態が発生するおそれがあります。
したがって,①も②も,両方とも採用すべき理由が存在するのですが,現行は②が採用されている,というのが現状です。
実際,2020年の民法大改正で遡及効を認めない候補案もあったようです。
試験対策としては,「相殺は遡及する」と憶えておけば十分です。
相殺適状とは
ここまでで,相殺の意思表示と相殺の遡及効について,解説してきました。
ここから,相殺の要件=①相殺適状である+②(相殺の)意思表示の,①相殺適状である,について解説します。
まず,相殺適状である(=相殺に適した状態)とは,民法505条1項に書かれている条件を満たした状況のことです。
つまり,以下の赤文字部分の3条件を満たした状態のことです。
民法505条 1項本文【相殺の要件等】
(①&②)2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、③双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。
整理すると,以下の3つです。
【相殺適状の3要件】
- ①:当事者間に債権の対立があること
- ②:両債権が同種の目的を有すること
- ③:両債権の弁済期が到来したこと
(大事なことなのでしつこいですが)これら相殺適状3条件をすべて満たした状態で,相殺の意思表示をすると,相殺の法的効果が発動することとなります。
ここから,①~③について,解説をしていきます。
※法律用語解説:「自働債権」・「受働債権」
相殺の分野において「自働債権」「受働債権」という言葉が使われることがあります。
自働債権とは,自ら相殺を働きかける側が持っている債権です。 つまり,相殺の意思表示をする側の者が持っている債権のことです。
対して受働債権とは,相殺の意思表示を受け,相殺を働きかけられる側が持っている債権です。
Ⅰ:当事者間に債権の対立があること
相殺を行う場合,当事者のお互いが債権者であり債務者でなければいけません。
つまり,債権を→で表現したとき,お互いに矢印が向かい合っている必要があります。
そして,双方の矢印,つまり自働債権・受働債権の双方が,相殺の意思表示を行う際に,有効に成立している必要があります。
一方の債権が不存在である場合や,債権を発生させた契約が無効だった場合,相殺の意思表示も無効となります。
Ⅱ:両債権が同種の目的を有する
『同種の目的』とは,給付の内容が同種であることを意味します。
たとえば,自働債権・受働債権の給付の内容が,“お金の支払い”同士である,などです。
同種であれば,債権の発生原因や債権額が同じである必要はありません。
債権額が違った場合に相殺をしたときの流れは,別記事「【民法505条:債権債務を相互に滅殺!】相殺の3機能を基礎からわかりやすく解説」で触れていますので,そちらを確認してください。
Ⅲ:両債権の弁済期が到来したこと
自働債権の弁済期
自働債権は,必ず弁済期が到来していなければいけません。
『Ⅲ:両債権の弁済期が到来したこと』が条件だって言ってるのに,「自働債権は,”必ず”弁済期が到来していなければいけません」って…何言ってんの? 筆者はアホなん?
後述するけど,実は受働債権は弁済期が到来していなくても,ひと手間加えることで相殺が可能になるんだ。
それと比較して,自働債権は“必ず”弁済期の到来が必要と表現させてもらっているよ!
実務上の話に少し触れます。
自働債権の弁済期日がまだ未来のとき,自働債権の債務者B(相殺される側)には期限の利益(民法136条)が存在します。
そこで,弁済が遅れたときなどにおいて,期限の利益喪失条項を契約書中に設けて,自働債権の債務者に期限の利益を放棄(民法136条2項本文)させ,自働債権の弁済期を強制的に迎えさせる手段がよく用いられます。
逆に言えば,相殺を持ち掛けた自働債権の債権者Aが,Bの権利(利益)である期限の利益を放棄できるはずがありませんので,期限の利益喪失条項などがないときは,相殺を行うには,自働債権の弁済期が到来することを待たなければいけません。
受働債権の弁済期
受働債権の債務者=相殺をしようとする側=Aにも,当然,期限の利益が存在します。
期限の利益は放棄可能なので,相殺をしようとする者Aが(受働債権の)期限の利益を放棄すれば,受働債権の弁済期を自分の意志で到来させることができます。
このように,相殺する側は,ひと手間加えると受働債権の弁済期を自身のチカラで到来させることができます。
よって,自働債権が弁済期を迎えていれば,相殺しようとする人は,受働債権の期限の利益を放棄して受働債権の弁済期を到来させれば,相殺適状の要件③を満たすことができます。
したがって,相殺適状の要件③は『両債権の弁済期が到来したこと』となっていますが,実質的には“自働債権の弁済期さえ迎えていればOK”ということになります。
ちなみに,“自働債権の弁済期さえ迎えていればOK”とは言うものの,実際に受働債権の期限の利益を放棄しなければ,相殺適状を主張できない(最判平25.2.28)とされています。
つまり,自働債権の弁済期を迎えているからと言って,期限の利益の放棄を対外的にわかるように意思表示などをしないまま相殺はできないということです。
まとめ
長い解説となりましたが…最後までお疲れさまでした!
最後に,相殺の要件・相殺適状の定義・相殺適状の3条件について,整理しておきます。
【相殺の要件】
相殺の要件(相殺の効果発動条件)=①相殺適状である+②相殺の意思表示
【相殺適状の定義】
相殺に適した状況のことであり,民法505条1項本文に規定される3条件を満たした状態のこと。
【相殺適状の3条件】
- Ⅰ:当事者間に債権の対立があること
- Ⅱ:両債権が同種の目的を有する
- Ⅲ:両債権の弁済期が到来したこと
解説はここまでです。 読んで頂きありがとうございました!
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※前条の解説はこちらです。
※次条の解説はこちらです。
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参考文献など
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