『期限の利益は債務者にあり』なんて耳にしたりします。
どういうことなのでしょうか?
あと,“期限の利益”に似た言葉に“時効の利益”が存在しますが,“期限の利益”は放棄OKなのに,“時効の利益”はなんで放棄NGなの?
本記事では,民法136条に規定される“期限の利益”という概念や,憶えておくべきことを,事例を交えながら解説しています。
本記事を読むことで,以下を達成できるように執筆しています。
- “期限の利益”の概念を知ることができる
- 『期限の利益は債務者にあり』の意味がわかる
- “期限の利益”=放棄OK “時効の利益”=(事前の)放棄NG の理由がわかる
記事の信頼性
本記事は,4ヶ月の独学で試験に一発合格した当ブログの管理人の伊藤かずまが記載しています。
現在は,現役行政書士として法律に携わる仕事をしています。
参考:独学・働きながら・4ヶ月・一発(202点)で行政書士試験に合格した勉強法
参考:筆者を4ヶ月で合格に導いた超厳選の良書たち
読者さんへの前置き
※赤文字は,試験対策として絶対に知っておくべき単語・用語・概念・考え方,その他重要ポイントです
※太文字は,解説中で大切なポイントです
※本記事は,2020年4月1日施行の民法改正に対応しています
結論:“期限の利益”は,義務の履行を先延ばしにする権利
1 期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
民法136条 【期限の利益及びその放棄】
期限の利益とは,設定した期限が到来するまで,債務者が義務の履行を先延ばしにできる権利(利益)のことです。
期限というものが設定されることで,義務を履行しなければいけないタイミングが先延ばしされます。
よって,期限の利益は,義務を履行しなければいけない立場にある債務者のために存在すると考えるべきとして,民法136条1項にて『期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。』と規定されています。
民法136条2項により,期限の利益は放棄することができます。
ただし,民法136条2項ただし書きに例外が規定されており,結局,民法136条2項は,以下のように3通りの場合分けをして理解するべきです。
- ①:期限の利益が債務者のみに存在する場合,いつでも放棄OK(136条1項本文)
- ②:期限の利益が債権者にも存在する場合,債権者の損失を補填しなければ放棄できない(136条2項ただし書き)
- ③:債務者が有する期限の利益を,債権者が放棄することはできない
解説:期限の利益は債務者にあり
期限の利益の具体例
期限の利益とは,設定した期限が到来するまで,債務者が義務の履行を先延ばしにできる権利(利益)のことです。
どのようなものなのかは,事例で確認するとわかりやすいため,事業融資を例に確認してみましょう。
読者の皆さんが,行政書士試験に合格した後,行政書士事務所を開業しようとしたとします。
本当にざっくりですが,行政書士事務所を開業する場合は,登録料やいろんな備品類含めて,ざっと100万円くらいはかかります。
しっかりと貯金がしてあり,100万円をポンと事業に投資できるのなら問題ありませんが,そうはいかない場合もあると思います。
そこで,強力な手段となりうるのが,銀行などからの融資です。
「行政書士事務所を開業するから,1年後に一括で返金するので,年利5%で100万円を貸してください」という契約をしたとします。
お金を借りた場合,当然,借りたお金を返すという義務を負うことになります。
上記契約においては,返済は1年後となっていますので,これは確定期限ということになります。
ということは,借りたお金を返すという義務を,1年先まで履行を先延ばしにしてもらっている状態といえます。
ここで登場した,“借りてから1年間はお金を返さなくてよい,お金を返せと請求されない”という権利・立場・利益が,期限の利益と呼ばれるものです。
1年後まで返済義務を履行しなくてもいいので,1年の間に売上や利益をあげる猶予が与えられており,この猶予は債務者にとって,期限によって与えられた返済金獲得のためのチャンス(利益)というわけです。
『期限の利益は債務者にあり』
繰り返しになりますが,期限の利益とは,設定した期限が到来するまで,債務者が義務の履行を先延ばしにできる権利(利益)のことです。
つまり,期限の利益は,義務が先延ばしにされることによる恩恵であると言え,その恩恵は誰が受けるのかというと,いずれは義務を履行する立場である債務者です。
よって,民法は,期限の利益は,義務を先延ばしにしてもらった,将来義務を履行する立場にある債務者の側に存在するものと推定し,規定しています。
期限の利益は原則放棄が可能
民法136条2項によると,原則として期限の利益は,放棄できるようです。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
民法136条2項 【期限の利益及びその放棄】
したがって,以下のルール①が導かれます。
- ①:期限の利益は放棄できる
しかしながら,ただし書きの例外がついているため,相手方の利益を害する場合は期限の利益を放棄することはできません。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
民法136条2項 【期限の利益及びその放棄】
ここの『相手方の利益』には,当然,相手方が期限の利益を有している場合の,相手方の期限の利益も含まれます。
これにより,①は以下の様に書き換えることができます。
①:期限の利益は放棄できる
↓
- ①:期限の利益が債務者のみに存在する場合,いつでも放棄OK
また,『相手方の利益を害することはできない』は,言い換えれば『相手方の利益を補填して穴埋めしたのなら,期限の利益を放棄してもよい』ということになります。
よって,前述の①に加え,以下の②が導かれます。
- ①:期限の利益が債務者のみに存在する場合,いつでも放棄OK
- ②:期限の利益が債権者にも存在する場合,債権者の損失を補填しなければ放棄できない
②の具体例としては,前述の行政書士開業の事業融資の事例で言うならば,銀行が1年後に受け取る利息5%分の5万円も上乗せして補填するような場合です。
最後に,改めて民法136条2項を見てみましょう。
2 期限の利益は、放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
民法136条2項 【期限の利益及びその放棄】
実は,この条文は“誰が”期限の利益を放棄できるのかという,主語の部分が書かれていません。
この点,念のためここでおさえておきましょう。
期限の利益も,立派な権利であるため,権利を放棄(つまり処分)できるのは,権利を保有する債務者です。
したがって,①②のルールに加え,最後のルール③が追加されます。
- ③:債務者が有する期限の利益を,債権者が放棄することはできない。
お疲れ様でした! ここまでを整理すると,以下のとおりです。
- ①:期限の利益が債務者のみに存在する場合,いつでも放棄OK(136条1項本文)
- ②:期限の利益が債権者にも存在する場合,債権者の損失を補填しなければ放棄できない(136条2項ただし書き)
- ③:債務者が有する期限の利益を,債権者が放棄することはできない
期限の利益は放棄OK vs 時効の利益は放棄NG
ここまで見てきたとおり,期限の利益は,原則として放棄が可能です。
期限の利益と名前が似ていて,全く違うものに,時効の利益があります。
この時効の利益は,予め放棄することはできません。(民法146条)
時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。
民法146条 【時効の利益の放棄】
細かい解説は以下の記事に譲り,ここでは期限の利益では放棄OKで,時効の利益においては(予めの)放棄がNGな理由を簡単にご説明します。
まず,期限の利益は,基本的には債務者側に有利なものであり,債務者自身がその有利な立場を放棄するというのであれば,それを禁止する理由がないため,放棄は原則OKとなっています。
借金を1年後に返せばいいとは言っても,それよりも早く返済が可能になった場合に,さっさと返済して,借金を負っているという状態から脱したい人もいると思います。
そういう場合に,返済を先延ばしにできる利益を放棄して,返済を前倒ししても,債権者(お金を貸した側)としても,予定よりも早くお金が手元に返って来たのであれば,それをまた別の人に投資することができます。
したがって,期限の利益を放棄しても,誰も損をしないため,放棄は原則OKとなっています。
対する,時効の利益は,時効完成前の放棄がNGとなっています。
(※補足 時効の利益とは,時効が完成した場合にその時効完成効果によって,権利を得たり・義務を免れるという利益のことです。)
たとえば,お金を貸し借りした際に,時効の利益を放棄した場合,お金を借りた側は,消滅時効が完成しても「消滅時効により,返済義務は無くなったから,お金を返す必要はない!」と主張できなくなります。
これを許すと,お金を借りる側が金銭的に困窮している事情に乗じて,お金を貸す側が契約前に時効の利益を放棄させることが常態化してしまい,時効制度を設けた意味が薄れてしまいます。
したがって,時効の利益は,時効完成前の放棄はNGとなっています。
解説はここまでです。 読んで頂きありがとうございました!
※前条の解説はこちらです。
※次条の解説はこちらです。
参考文献など
参考文献
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