今回は民法32条を3分でわかりやすく解説します。
※当シリーズは条文が持つ効力を個性として捉えた表現で解説しています
1 失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。この場合において、その取消しは、失踪の宣告後その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。
2 失踪の宣告によって財産を得た者は、その取消しによって権利を失う。ただし、現に利益を受けている限度においてのみ、その財産を返還する義務を負う。
民法 第32条【失踪の宣告の取消し】
条文の性格
31条が死の宣告を行う死神のような存在でしたが、そんな31条も本物の(?)死神では無いので、死に関して全知万能ではありません。
31条が、行方不明だった者に対して法律上の死を認めたとしても、実は生きていたなんてパターンは起こり得ます。
そんな場合が、この32条の出番です。
32条は、31条が生きている人を誤って法律上死亡とした者を生き返らせる役割を果たします。
まさに死者蘇生、復活の呪文ですね。
RPGのパーティにいたら、間違いなく復活の白魔法を使う白魔導士ってところでしょう。
しかも、この32条はなんと、回復呪文も使えます。(32条2項)
ゲームによっては、蘇生呪文で復活すると、残り体力1とか瀕死で復活させたりしますが、32条は法律上の死によって相続などで失った当人の財産を回復することもできるのです。
まさに回復魔法も使えるヒーラーですね。
条文の能力
失踪宣告は取り消されることがある
家庭裁判所は、以下のどちらかの証明があったときは、失踪宣告を取り消さなければいけません。
- 失踪者が生存していることが証明されたとき
- 31条より法律上死亡したとした時と異なる時に死亡したことの証明があったとき
ちなみに、家庭裁判所は「取り消すことができる」ではないので、必ず取り消さなければいけません。
失踪宣告した人が生きて現れたのに、「う~ん…、取り消さずに死んだことにする!」とは絶対に出来ません。
当たり前っちゃ当たり前ですね。
善意と悪意について
まず法律用語の説明をします。
法律用語で善意とは、ある事実について知らないことを意味します。
同じく法理用語で悪意とは、ある事実を知っていることを意味します。
この法律用語としての善意・悪意を知っていると「お、この人は法律をかじったことがあるな」ってなるのは、法律界あるあるです。
知らずにしたことはお咎め無し
32条1項は「30条の失踪宣告がされてから32条1項前段によって取り消されるまでの間にしたことは、取り消される原因を知らずにしたんだったらそのままにするよ」と言っています。
失踪宣告によって変化すること
失踪宣告がされたり、失踪宣告が取り消されると主に財産と身分について変化が起こります。
ここでは財産や身分の変化に関して、善意又は悪意の影響を見てみましょう。
財産の変化について
財産の変化の例として、実は失踪人が生存していることを知らない(=善意)で失踪人の持ち家を相続して他人に売った場合を考えます。
この場合、売買契約は有効であり、遡って契約取消したりしません。
ちなみに、失踪宣告取消の影響を受けないためには、家を売る側と買う側の両方ともが善意である必要があります。
反対解釈をすると、上の持ち家の例では、売買のどちらか片方でも生存を知っていた=悪意で売買契約したのなら、遡って売買契約は取り消される可能性があるということになります。
身分の変化について
身分の変化についての例ですが、31条によって失踪宣告により失踪者が法律上死亡とされた時に、失踪者の配偶者は婚姻が解消されるので独身になりますので再婚OKになります。
残された配偶者と新たな結婚相手の双方が、失踪者の生存について善意だった、つまり失踪者は本当に死んだと信じていた場合は、後婚は取り消されません。
(危難に巻き込まれてなんとか生きて帰ってきたら、元配偶者が再婚していた…というシチュエーションはなかなかつらいですね…)
では、残された配偶者と新たな結婚相手のどちらか片方でも、失踪者の生存について悪意だった、つまり実は失踪者の生存を知っていた場合はどうでしょうか?
実は、これは難しい問題なのです。
財産の変化と違い、身分の変化はデリケートな問題のため、そう簡単に「悪意だったから後婚は無しねー! 前婚の人と仲良くねー!おめでとー!」と言えません。
例えば、後婚において、失踪者の配偶者が悪意で、新しい結婚相手は善意だった、そして子供も産まれていた…という場合を想像してみましょう。
善意だった新しい結婚相手とその子供からしたら、いきなり現れた死んだはずの人に、家族を奪われてしまうわけです。
これはあまりにも酷であるため、この場合は以下の通説に基づいて、当事者間での話し合いで解決を目指すのが良いと思われます。
通説は、32条の失踪宣告取消により、前婚が復活することで前婚と後婚の重婚状態となる。 前婚は離婚原因が成立し、後婚は取消原因が成立する。
前婚と後婚のどちらも解消要因は存在するため、どちらを継続し、どちらを解消するかは当事者で話し合う、ということです。
財産返却範囲の「現に利益を得ている限度」とは
30条の失踪宣告がされると、財産を相続した、生命保険金が手に入った、などで財産を手にする人がいます。
その後、失踪宣告取消がされた場合、失踪宣告で手に入れた財産に関する権利は失われるので、本来の持ち主に返還する必要があります。
「え?! アイツ生きてたん? 相続した5000万円返せって言われても…もう使っちゃったよ…」って場合も考えられますよね。
そういった場合もちゃんと民法は考えています。
民法は、失踪宣告が取り消されたときは「現に利益を受けている限度」で返還すればよいと言っています。(32条2項ただし書き)
またなんか難しい言葉が出てきましたが、しっかりおさえておきましょう。
現に利益を受けている限度とは、利益がそのまま残っている又は利益がカタチを変えて残っている状態のことを言います。
現に利益を受けている限度に含まれる例は、生活費に使ったお金、借金返済に使ったお金、貯金に回したお金などです。
逆に、現に利益を受けている限度に含まれない例は、ギャンブルや飲み食いにパーッと使ったお金のように遊興費として浪費したお金です。
改めて書きますが、民法は、失踪宣告が取り消されたときは「現に利益を受けている限度」で返還すればよいと言っています。
では、前述の5000万円を相続した人Aさんが、5000万円のうち、4000万円を借金返済と生活費に使い、残りの1000万円はキャバクラで豪遊して浪費し、もう手元には1円も残ってないとします。
Aさんは現に利益を受けている限度として、いくら返還しなければいけないかわかりますでしょうか?
答えは、借金返済と生活費に使った4000万円を返還しなければいけません。(キャバクラでシャンパンタワーに使った1000万円は返還しなくてOK)
つまり、借金返済や生活費など真面目(?)に使ったお金は返還しなければいけなくて、浪費して遊んだお金は返還しなくて良いのです。
ここは初めて勉強する方は民法の考え方とのギャップに驚かれると思います。
なぜ、そのようなルールになっているかというと、借金返済をすることで借金の利息から解放される利益を得ていたり、生活費で使ったお金もそのお金のおかげで、今現在の自分自身の生活が営まれているという利益が残存しているから、現に利益を受けていると言える、と民法が考えているからです。
皆さんの感覚と近いかどうかは分かりませんが、民法は上記の通りに「利益」というものを考えているようです。
コメント
死者蘇生と聞くと、世代なのか、どうしても遊戯王を思い出します。
自分が小学生で友人と遊んでた時はブルーアイズとジェミナイエルフが無双してた時代でした。
遊戯王は古くから有るカードゲームなのですが、効果やルールが複雑で、お互いに矛盾する効果が衝突すると公式が処理をこうしてくださいって発表したりするのですが、公式も把握しきれていないのか、「調整中」が多発しています。
筆者も小さいながら大会に出たことがあるんですが、数戦しかやっていないのですが、その中でも効果処理に困った際に審判に判断を仰いだのが何回もありました。
民法のような法律は、私たちの生活に密接に関わるものは、シンプル性と矛盾の少なさを両立しなければいけないので立法者の人たちはすごいなと思います。
法律は一度施行してしまうとそう簡単に変えることができないので、ありとあらゆる状況やパターンを考慮して、洗練された言葉で条文化されているのを見ると楽しい。